現在実験で使用しているロボットの機能レベルでは、「家族」や「元気をくれる存在」にはなり得ません。しかし、今後の成長で状況は変わってくると思います。被験者の方々からお話を伺うと、「ここまでできるようになったのね」「えらいね~」など、目を輝かせながらロボットの成長を語ってくれます。そう、今まさに進化の途上であり、実験の過程において被験者の方々が育てているような状況なのです。 今後、ロボットが進化して「成長を見守り、慣れ親しみ、個人の特別なロボット」と感じていただけるようになれば、日常生活のパートナーとして認知していただける存在となる可能性は大きいと思います。
Q2・高齢者の方がロボットを敬遠するような懸念はありませんか?
そうですね。。。しかし、そうした感情は家族間でも、つきものではないでしょうか。「ロボットなど要らない」「必要ない」という選択肢はきちんと保証すべきですし、ロボットがすぐにでも広く受け入れらるようになるとは考えていません。ただ、ロボットがロボット然としていたら、期待感は少ないかもしれませんが、ある種の意外性をもっていたらロボットに対する認識も変わるのではないかと考えています。機械であることは認識済みなのに「こんなことも言える・・・」という意外性が心を動かす可能性は大いにあると考えています。
Q3・高齢者はロボットとどの様な会話をしたがっていると思いますか?
高齢者であれ若者であれ、ロボットは機械であり、決まりきった反応しかできないはずであるという固定観念に多くの方が囚われています。会話というものが楽しいのは、相手から思いもよらない反応が返ってくるからです。ロボットが相手の生活歴史状況を十分取り入れ、現在の身体的精神的情報をリアルタイムにインプットした上で、決まりきった反応ではなく、機知に富んだ返しが出来るようになれば、たとえ認知症を発症した人が相手であっても、会話の出来るインテリジェントロボットとして機能するのではないかと思います。「相手がどのような会話をしたがっているか」を、それこそリアルタイムに理解して会話するロボットが近い将来現れるのではないかと大いに期待し、今回の実証実験がそのお役に立てるのではないかと考えております。
Q4・ロボットは高齢者の生活をどう変えると思いますか?
ロボットの進化の程度により、変化する内容も異なります。高度なインテリジェント知能を有することが可能になれば、①周辺情報の収集 ②集積 ③統合分析 ④判断 ⑤行動 ⑥反省 といったあらゆるレベルにおいて、介入することが可能になると思います。
例えば、つい忘れがちな事柄を時期をみて指摘してくれるロボットがあれば、独居高齢者にとって助かることは多いと思います。また、「○○を探してみてはいかがでしょう」などと、場所を指定した声掛けなどを行うことで、安心が得られます。周囲の状況を適切に判断して危険を察知したり、その危険を忌避する行動を促すことができれば、安全な生活を送れるようにもなるでしょう。
医療面においても、バイタルサインの測定やデータを集積して解析できるようになれば、症状の重篤化を防ぐことにつながり、これは、今後の高齢社会意外の分野においても十分に活用が見込まれます。
Q5・人間との会話とロボットとの会話はどう違うと思いますか?
ここが一番の課題ですよね。人と人の交流の半分以上は、ノン・バーバルコミュニケーションであると思われます。日常生活では、言葉だけでコミュニケーションが図られているわけではありません。ロボットに「表情やしぐさ」「声のトーンの変化」「イントネーション」「間」「待つこと」「効果的な沈黙」「言い換え」「要約」「適切な相槌」などなど、人間が瞬時に行っている微妙な調整ができるようにならなければ、人間同士の会話と同じとはならないとは思いますが、これらのことが全てロボットにできるようになったら・・・それはそれで人間として寂しいことかもしれませんね。そういう意味では、人間と全く同じ会話ができるようになることは無いかもしれないし、難しいかもしれませんが、人間のサポートが十分に果たせるインテリジェント知能の将来に大いに期待したいと思います。
Q6・ロボットやセンサーを活用することで、高齢者のどの様な変化に気付けると思いますか?期待する点を聞かせてください。
ロボットやセンサーと分けることは意味の無いことかもしれません。後者は生体からの情報入力のツールであり、前者は入力ツールに加え、出力装置も備えているという違いだけであると認識しています。どのような変化に気付くかは、入力装置の種類と性能、その情報分析能力によるのではないでしょうか。
身体動作(起居時間、起居回数、歩行量、動作・・何をしているか、何をしようとしているのか、どこへ行こうとしているのか等)。
バイタルサイン(体温、脈拍、呼吸数、血圧、血中酸素飽和度)、睡眠状況、服薬状況、水分摂取状況、摂食状況、場合によっては排泄状況、発汗状況、含嗽、声嗄れ、痰がらみ等。
映像カメラにより顔色(画像診断としての分野はすでに先進的な取組を行われています)。
ロボットの声掛けにより、気分の快不快、いつもの応対との相違点。
ざっと思いつくだけでも、さまざまな変化に気付くことができると思いますが、特に最後に挙げた点に関しては、ロボットを活用してこそ気付ける変化といえるでしょう。
Q7・センサーを活用することで軽減できるリスクとは何ですか?
Q6でお答えした計測可能な数値を記録し、アベレージが把握できれば、異常を察知することが可能となります。また、起居時の声掛けや、あるいは高齢者からのディマンドに対して介護職員が即座に対応できない場合の「つなぎ」としての声掛けや注意喚起が期待できます。日常動作の記録集積は、転倒や転落予知の参考データとなり得ます。さらに、認知症高齢者に対しては、内服事故の予防や、徘徊(BPSD)の予兆の推測も可能となるかもしれません。
Q8・ロボットやセンサーの活用は介護現場をどう変えると思いますか?
ロボットに介護現場を理解させるためには、現場における介護サービスの中身をICTの言葉に翻訳しなければならないのだと思われます。この作業は、いままで科学的なアプローチが少なかったこの領域を定性的かつ定量的に分析する契機となり得るのではないでしょうか。この実証実験が介護現場に与える影響は根源的なものになるのではないかと密かに感じております。
介護サービスとは「それを行い、そして何らかの形で記録されたそのサービスに応じて与えられる介護保険報酬を算定する経済行為」でもあるため、実施したサービス内容の詳細な記録が必要となります。バイタルサインをはじめとする身体状況はもとより、日常動作や変化の細かな部分までも個別の記録として残さなければなりません。介護現場では、ケアサービス以外のこうした計測や記録に携わる時間が非常に多いのが現状です。こうした記録に費やす時間を削減し、ケアの時間を確保できることは非常に大きな意味があります。介護職員の負担軽減は、質の高いケアサービスの実現と、ひいては介護費用のコストダウンにも寄与すると考えます。
介護業界のケアスタッフの不足は、今後ますます深刻化するといわれています。そうした状況を少しでも緩和するためにも、ロボットをはじめとするセンシング機器の発展は、正に時代のニーズに応えるものとして大きな期待を寄せざるを得ない状況です。
さらには、施設ではなく「在宅の現場」にこそ、そのニーズはあると私は強く思っています。
Q9・実用化に向けて課題に感じているポイントは何でしょうか?
まだまだ現状のレベルでは実用化にあたって満足なものとは言えません。とはいえ、ロボットのようなセンシング機器は日々進歩しており、「これからさらに進化するもの」と考えています。今はまだ実現できていないことでも1年後にはたぶんクリアしているだろうと、技術者を信頼しています。ですから、技術面やシステム面での心配はあまりしていません。それよりも、社会経済的な側面、つまりそれら機器の価格と介護保険システムの関係となるのではないかと感じています。センシング機器に関わる財政負荷をどこがどれだけ、誰が負担できるかという問題が大きいと思っています。
対人援助サービスに機械を介在させることにアレルギーを持つ人が多いのが現状です。確かにそうだと思います。実際に、医師が患者の顔を診ず、モニター画面しか見ないなどという話は枚挙にいとまがありません。 また、「介護者側の負担削減」と言うと「機械に任せて楽をしたいのか~」などと言われてしまうのも現状です。
対人援助であるのに、「顔と顔」「人と人」の関係を無視したケアの在り方には当然批判はあってしかるべきであると思います。しかし、今の介護現場では「サービスを提供した証明の作成」に多く時間を割かれてしまっています。これは、本末転倒の話ではないでしょうか。ロボットを始めとするセンシング機器でできることがあるのであれば、それは有効活用されるべきであり、そのためには各種のトライアルが必要となるのでないかと思っています。
賛否両論あると言われている介護ロボットではありますが、ニーズがありシーズがあるのであれば、一歩前に踏み出す勇気は、ひとつのミッションとして、ここで表さなければならないのではないかと思っている次第です。
今回実施に至った介護ロボットの実証実験が、介護する側にとっても、される側にとっても意義のあるものとなるよう、しっかりと検証を行っていきたいと考えています。
代表理事 尾林和子